結局、損得にすぎない人々 [思考・志向・試行]

ブログをやっていて思うことは、結局、損得にかかわる内容がもっとも、アクセスが良いという事。

ネットを使う目的は色々だと思うのだが、
そのうちのダントツが、金にまつわることだ。

日本はずっと不景気下にある。
むろん、金融だけは国が金を突っ込んだので、金を借りてなにかをしたい人、
株を持っている人、金融商品を売買する人にとっては、この10年弱は懐を温めたことだろう。

一方で、国はそのための原資として年金の積立を使い、国債を使って資金を捻出してきた。
意味不明なのは、年金の元金を株や土地に突っ込みつつ、国債で年金の補填をしているところだ。
年金の元金を崩して年金に当てればよいのではないか?と私は思うのだが、そうはしないのだ。

結局、株価は3倍ほどになった。

だが、実際問題、年金は減らされ老人世帯はつらくなり、
現役世代は介護保険料などといって、増税にさらされた。

加えて消費税である。8%は10%になった。

こうして、庶民はますます可処分所得を減らされている。
結果として、金を奪われた人達にとって、節約・倹約、そして何より「賢い」金の使い方が
問われるようになった。

変なものに金をつかう事を避けようとするには、かつてはその筋の通に聞く事だった。
今は、それがネットという対象に変わった。

それがゆえに、ネットにはいかにしてお買い得をするのかという思念が渦巻いている。
そして、モルモットになる人間の意見を知りたがっている。

可処分所得が減らされれば、小売店は売上が減る。
人生を豊かにするためのちょっとしたっ贅沢や無駄が削られるためだ。

結局、店はつぶれてなくなり、大型のスーパーに客は吸収されていく。

スーパーはコストのかかる人件費を抑えるために、IT化をすすめ、
コロナによってそれは拍車をかけた。いわゆるセルフレジ化の流れだ。
そのうちに、スーパーの陳列すらロボットがやるのではあるまいか。

結果として、薄利多売の商売しか成り立たなくなる。

そんな事をしているうちに、少子社会になった。
そもそも、人が減れば消費は減る。

もうすぐ、需要を奪い合う戦いになるという事だ。
それはひいては、労働者を奪い合うという事態でもある。

いくらでも代わりはいるなどと、派遣社員で済ませてきた企業は、
ここから痛い目にしか合わないだろう。派遣社員たちに次の世代はいないのだ。

おそらく日本人はここから半分ほどに減るだろう。
その間に、労働してくれる人材を海外から呼んできてというのも、虫が良すぎる話で、
このまま円安が進めば、200円近くになる可能性だって残っている。
あと50年でどうなるかである。

もう、人に金をかけるほかない状態になっているのに、資本主義はその拡大再生産という
イデオロギーを変えようともしない。資本投下して資金が回収できるのは、
人口が増えて続けているという条件があってこそだ。それ以外にもっともな理由など無い。

人口が減るというフェーズにおける資本主義がどうなるのか、
その、大掛かりな実験場が、日本という事なのだ。

資本主義と人口減少は、大きく矛盾する。
だが、生態系から言えば、リソースが減れば人の数が減るのは当然の摂理である。

労働者つまり消費者に金が回らないように国は仕向けているのだから、
それは、国全体でみれば、人を減らせといってるようなものなのだ。

国は口では、人を増やせといっておきながら、
その両手で、人を減らせという政策を現実に行っているのである。
それでいて経済成長しようというのだから、片腹痛い。

日本は7割程度の内需の国だ。つまり、労働者けん消費者によって経済が回っている。
円安になれば、輸入に原材料を頼る日本の多くの企業は、経営が悪化する。
経営が悪化すれば、産業が停滞する。給与は減る。そして、国は傾く。

当然の摂理である。

国をしきる連中は、いまどう考えているのか。
政府はもっと大きくなるという自己維持のために行動している。
各省庁が予算を多くぶんどるための施策を練る。だから、予算は必ず拡大する。

その予算を埋めるには、税をふやさねばならぬ。財務省は財政の健全化のために
増税を考える。

一方で、実質的にカネがないために、予算を拡張を断念するはずだが、
国はそれをやらない。国債に頼るのだ。金がなきゃ借金をすればよいと安易に考えている。

国だって首が回らなければ、貨幣は価値を失う。
そんな例はいくらでもあるではないか。デフォルトした国はいくつもある。

本来、日本はもうそういう状態である。それを国債でごまかし続けているというわけだ。

じゃあ、そうやって金を作って、どうしているのか。
それは、特殊法人を介して、省庁とつるむ外郭団体などに金がながれ、
そこから中抜きをされて、仕事が市中に発注されるのである。

利権をもつ連中らが儲ける仕組みである。
国の発注はとにかく非効率なので、過大に支払われる。

結局、JRやゆうちょなどを民営化する一方で、特殊法人等で無駄遣いをしているのだから、
話にならない。

これは原発村も同じ構図である。とかく金がかかるように仕組まれているのである。
そして、末端では、微々たる金で働く労働者がいるというわけだ。


国がこのような非効率な仕組みをやめない限り、つまり、権力をもつものたちが、
自らの利権を破棄して、社会に貢献しない限りは、日本の財政はいずれ破綻するだろう。

とはいえ、このような利権に国民の3,4割が絡むという試算がある。
つまり、日本はソ連と同じような計画経済の側面があるということだ。
そして、このような計画経済のやり方は、役人の権力増加を招き、賄賂が横行する社会になる。
そして、非効率なために、全体が疲弊していくのだ。

やめるにも、かなりの人間が影響を受ける。続けるにも国債はいずれ誰も買わなくなるのだ。
ゲームはオーバーしているのである。


もしあなたに子供がいるとしよう。もしくは孫がいるとしよう。
彼らがおとなになった時に思うのは、なぜ自分たちの親世代はこんなことをしたのか。
ということだろう。

そして、全く無自覚にも、我々自身が子孫に対して、貧困を約束してしまっているのだ。

それを防ぐにはどうしたらいいのか。けっきょく、不当に儲けたところから
金をふんだくって、ならすか、崩壊するまで待つか。

我々はわかっていても、崩壊への道を進む。断言できる。
それ以外に進むべき道を選んだ人類はいないからである。

行き着く所までいけば、国が滅ぶ。それだけの事である。
大したことではない。

歴史をみれば、多くの国が出来上がり、そして消えていったではないか。
日本であっても、中世に多くの国ができ、そして消えていった。
大したことではない。

問題なのは、今よりは確実に苦しくなる次の世代、そしてさらに苦しい次の世代。
そういう彼らに我々は害悪でしか無いのかという事だ。


多くの人、殆の人は、私の言説に賛同はしないだろう。
だが、私には明確にわかる。結局、船は沈むのである。それは原理である。
あとはどう沈むのか。どうやって、そこからもう一度立て直すのか。


まだ、目には現れぬ、貧困。でも、それはもうすぐ足元まで迫っている。
一部の人間は資産があるからというかもしれない。だが、現物がない、金では買えない。
そういう事もまた起こり得るのである。

エネルギー価格が高騰すれば、物資を運ぶことはコスト増である。
食事の材料を海外から運ぶのでは、今の価格のままで済むはずがない。

我々は好むと好まざると、現物確保を求められる時代になっていく。
その時、どれほどの人達が都市にいられるだろうか。



さて、モードを切り替えていこう。
物事には良い側面と悪い側面がある。上記を悪い側面だとすれば、良い側面を見出すことも
可能なはずだ。

次回は、良い側面を探してみようと思う。
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いよいよ予言があたってきた。 [思考・志向・試行]

このブログを読んでもらっている人達には、私が言ってきたことが世間でも問題視していることに
気がつくであろう。そりゃそうなのだ、当たり前しか私は語っていないのである。

アベノミクスの金融緩和でだぶついた金。
そこにロシアのウクライナ侵攻が起こり、
コロナでの経済停滞があり、
アメリカの金利引き上げが始まれば、
必然的に円安に触れる事だろう。

別段、不思議ではない。ニュースでは相変わらず頓珍漢なことを言っているけれども。
全く予想された通りことが起こっている。

加えて、日本株売りも始まるかもしれない。
8000円で買った株を、もう売り切るときだと。

なにしろ、安倍らが、株を政府が買うといったのだから、そりゃ外国人たちは
一斉に日本株を買った。そして、その勢いはついにここにきて停滞を始めた。
そりゃ、株も売るよなと。

バフェットなどはとっくに売りさばいているはずだ。

日本人は、年金を減らされる。なぜなら、年金の元本を株に突っ込んだからだ。
そして、株価があがったとかいって喜んでいたわけである。自分たちの年金が
外国人の懐に流れるというだけなのに。

ここでどれほど批判しても、アベノミクスをやめようという流れにはならなかったし、
そんな力は私にはない。だが、事実をベースにみれば、今の現状は何も不思議ではない
とわかる。

はっきりいって日本人の庶民はバカなのだろうか。
なぜ、安倍政権などを支持し続けてきたのだろうか。
何も調べもせず、ただ、政府のプロパガンダを垂れ流すテレビやヤフーニュースばかり
みてるからだろう。そんなんでまっとうな情報など手に入る訳がない。

結果的に、日本人は総じて騙されたのだ。とりわけアメリカにである。
本当の保守ならば、反米を掲げて、基地を追い出せというだろう。
そして、アメリカが日本の政策に食い込むことに反論するであろう。
そうしない保守など、保守を語る資格はあるまい。

つまり、安倍などは、まったくのエセ保守である。
村上議員が正確に口にしたように、国賊であろう。
日本をアメリカに売った張本人が安倍である。
最終的な意思決定を行った人物なのだから。

では安倍らとはなんだったのか。統一協会問題にてわかるように、安倍派は
統一協会による思想支配を受けている。要は、カルトなのだ。カルト集団が
日本という国を宗教面から乗っ取る事を画策し、それを利用しようとして、
まんまと利用されてしまったのが安倍派一派なのだ。

安倍らの政策には統一協会信者が関わっている。一部の信者たちの信念が
反映されている。

いまや、明らかになったのは、日本のいわゆるノンポリVSカルト集団(自民党を含む)である。
カルトに好き勝手されては溜まったものではない。これが普通の市民の考えだ。

ところが自民党議員たちは、懐までくいこむ統一協会を追い払えないのである。
カルト団体の支援によって当選しているなら尚更だろう。

自民党を一度解体でもしない限り、統一協会との癒着はこれからも続くだろう。


ここで当然ながら予想されるのは、国の権力に近づいたカルトは、
その権力を使って自分たちの思想を反映した国に仕立てようとする事だ。
その内実は、日本の思想的支配であろう。

例えば、教科書の内容である。教科書への国の介入というのは思想誘導になる。
文科省は、カルトに首根っこを抑えられた大臣である。そういう事がどれほど
末端に影響するのか。

アホらしいと一蹴することもできる。だが、現実はシンプルなのだ。

そして、カルトは実に執拗である。目的のために10年、20年、そんなことはお構いなしだ。
だからこそ、現に自民党議員の200人弱が統一協会絡みになっている。

そういう人間たちが、こぞって政策においてカルト宗教の一存を踏まえるならば、
国はそういう風に影響を受ける事だろう。

小さな事を笑っていられないのである。

政教分離をうたった、現憲法が改正でもされれば、このような行為はエスカレートこそすれ、
下火になるということはないのである。

とはいえ、我々にとっての朗報は、カルトが担いでいた神輿が不運にもいなくなったことだ。
およそ彼の後釜になるとすれば、せいぜい弟だろう。

私が思うに結局、カルトと親密な議員を当選させているのは、市井の人々である。
きっと、地元への小さな利益還元によって、ありがたがっているのだろう。
日本人は所詮、事大主義だからだ。だが、それによって背後では、思想の転換が
図られている。いや図られてきたというべきか。

今回の襲撃事件によって、問題が可視化され、カルトが思い描いていた流れは
一時中断になった。だが、どうだろう?

一般市民は、いまだに政治に疎く、政府が何をしてもいいなりなのだ。
抵抗するという観念すらない。そして、抵抗すべく行動している人をみて、
「面倒だ」とか「あいつらこそ迷惑なやつらだ」などと考える。
殆ど、家畜マインドなのである。

家畜化されている多くの人々。
そこにあるのは、条件づきの幸福論である。そして大抵の人はその条件をクリアできない
仕組みなのである。この意味合いがわからないなら、『未来世紀ブラジル』でも観るが良い。

幸福になりたいなら、思想的に外側に出る他ない。
それでいて、カルトに入っては駄目だ。

肝心なのは、拠り所をさがすのではなく、自分で精神的に立つのこと。
そして経済的には他者に依存すること。これが幸福への道につながる方法だ。

多くの人は精神的に依存し、経済的に自立しようとしているが、全く不幸の道まっしぐらである。


さて、ともあれ、日本がどうなるか。
この後は、様々な分野でハードランディングが待っている。
我々はそれをまともにくらわないように、逃げ、隠れ、避けるほかない。

その一端が、この物価高である。円安である。
いまこそ、自分たちので再度モノを作る事、これがひとまずはキーポイントであろう。
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この国で進行していること2 [思考・志向・試行]

体制側はその既存体制を維持する事だけを考えている。
ほかは二の次三の次。

そして、そのような体制側に媚びへつらう事大主義がまん延している。
なぜなら、その方が得をするからだ。そして、それで何が悪い?とまで思っている事だろう。

権力をもつものが、権力を増大させる事を自己目的化する。
当然かも知れないが、それはハッキリと自滅行為と言える。


この社会のメインは、会社で構成されている。
会社には資本金が投下されていて、よほどの財がある人以外は、
株式など、他者からの金で事業を推進している。

結果、スポンサーの意向が影響する。スポンサーの意向とは、何はともあれ資本を増やせ。
これだけだ。スポンサーつまり資本家は、そのありあまる金をつかって、
世界にあまたある企業という「馬」にBETする存在である。

そして我々は馬である。

この体制においては、政治体制を担う人間もまた馬である。
どの馬がよいか、資本が見定めているに過ぎない。

世界が金で支配されるなら、その金を儲けてやろうというのはある意味正攻法だ。
そうして、会社を作れば、自ら馬に成り下がるという事である。
金儲けというゲームに乗るというのは、やり方によってはうまく稼げるだろう。
だが、その本質は自分から馬になるという事である。

馬は全力で走らされる。そのように社会が仕組まれている。
その先にゴールのようなものがあるかのように洗脳するのだ。
そのような馬がやっているのは、とどのつまり、資本家へ金を貢ぐことと、
自分の懐を温める事である。人生を使って、他人の労働の代わりをするのである。

むろん、これは一方向からみた、皮肉である。
主観的には、事業を立ち上げ、資本の出資を受けられてて喜び、
仕事を回していく。それは社会の役に立ち、金が儲かり、自分の生活を豊かにできる。

多くの人は深くは考えない。今の目の前の人生をマシにしようと頑張っているにすぎない。
その背後にあるのは常に、大きな金の動きである。そして金によって人生を操られている。

幸福な夢というものがあるとすれば、背後の事など一切知らずに、
眼の前にある仕事に邁進して、生ききる事かもしれない。無知とはある意味で
幸せである。

少し知恵が回る人は、大きな金を稼ぎたければ、大きな金の流れがある事をやるしかないと
気がつく。大きな金を動かすには、大きな金をもつものたちとつるむ他無い。

体制側のおこぼれを狙い、体制側にある金をつかいそれをテコとして、大きく稼ぐ。
それを繰り返す事で、会社規模を大きくし、より利益が増すように行動する。
その裏側には出資者たちへの還元がある。

むろん、時に失敗する。いや、大部分は失敗する。
だがそれは承知の上でやるわけだ。リスク上等な人達である。

そしてリスクをヘッジするにはどうしたらいいかと考えた時、
体制側につながることを望むのである。とりわけ国だ。

国の事業としての仕事であれば、持続的な補助金などで食いつなげる。
国の財源は税金やあらゆる場面での手数料の取り立てだ。確実性が高い。

こうして、企業は大きくなるほどに、リスクヘッジとして国の利用を行うことになる。
そこには官僚たちとの癒着が生じ、政治家との付き合いが発生する。

組織をつくることや事業の認可などは国の権力に依拠するために、
そこにどうしても賄賂が生まれる。天下りなども賄賂の一つだろう。


この国と事業者たちの利益拡大のためにはどうしたらいいか。
そうだ! 法人税を減らせばよい。使える金が増える。
でも、減った分はどうするか。そうだ! 消費税だ。増税だ。

この程度の理屈である。

岸田首相は、原発の再稼働を推進する。なぜか。儲かるからである。体制側が。
自民党を支持する基盤は、こういう事業体と国の癒着があるからだ。
そして、その一部には統一協会のような組織もあるということだ。

日本の国の金の流れは常に不透明である。
どれほど不透明かは、故石井議員の調査を知れば良い。

民主党に政権が変わった時、焦ったのはこの官民癒着体制である。
内需を回す国民からみれば、国の無駄遣いとは、ようするに体制側の金の流れをとめる事。
そしたら、食いっぱぐれる業界も出てくることになる。道路や橋を作らなければ、
ゼネコンは厳しいのだ。

民主党がやろうとしたら、歳出の削減とはつまり、体制側の癒着構造をいじることだった。
そして、それに猛反発したのが、官僚であり、そこにぶら下がる体制側企業である。

政権の粗があれば徹底的に攻撃したのは、要するに嫌がらせである。
同じような不祥事や同じ程度の問題はどの党の政治家も抱えていた。
ただ、自民党は既存体制の維持に励むというだけに過ぎない。

旧統一協会問題も、自民党という体制が変わること困る人々が一定数いるという事から、
自民党が解体したら困る人達がいるというだけのことである。

庶民からみれば、体制側が崩壊した方が良い。はっきりいって、世間は混乱するだろう。
だが、維持が難しい状況に追い込まれているのに、維持する事を無理やりやり続けた事で、
歪が大量に発生してきたのだ。

現状の様々な問題は、要するに、体制維持が限界に来ているという事である。

体制維持のために犠牲になったのは、多くの若者たちである。
未来の金を今使かわれている。国債というのはそういうものである。
そして、若者たちは強い圧力を受け続けている。

体制側は、優秀な人材を欲しがる。そしてなおも、従順な人材を欲しがる。
安い値段で、馬車馬のように働いてくれる若者がほしいのだ。
その選考基準こそが、採用試験の基準である。

便益のためなら、ウソをつけるかどうか。
優秀だけど従順かどうか。文句をいわない事大主義者かどうか。

どんなに体制側企業の内部の人間が吠えたところで、所詮は馬である。
企業論理に染まるということは、立派な馬になるというだけのこと。

どんなに美辞麗句を並べ、着飾ってみても、自分の人生を他者に委ねた人間の
心の奥底には、虚無が広がり、その虚無を塞ぐために、ますます着飾る必要が
生まれるのである。外側だけは華美になるが、中身はもともと落とし穴に落ちた
ままなのだ。こういう人間はもっぱら受験戦争の勝者である。それがゆえに、
本当の人生に気が付かず、ごまかしながら、そのまま人生を終えるしかない。

若者の人生を体制維持に捧げろ。これが国のメッセージなのである。
そして、再生産しろというのが昨今の風潮なのだ。労働者を海育てよと。
まともにモノを考えるなら、国のその気持ち悪いメッセージには反発する事だろう。

いや、体制維持のために使われる若者たちに余力はない。
結果的に、必然的な少子化をむかえるのだ。そしてこの人が減っているという事実こそが
体制側のもっとも頭の悪い行動の結果である。

体制維持のために国は株を買い、国債を刷りまくって、金利を極端に抑えた。
アホノミクスという政策でいっけんすると、なにか経済が変化したかのようにみえた。
だが、動いたのは株価と土地の価格と金融商品だけであった。

だから、金融絡みの人は国から流れる金で儲けた人が増えた。
そして今も尚、そのやりかたを変えてない。株価があがるとわかっていたら、
そりゃ、株を買って時期がきたら売れば良いだろう。

平均株価が8000円の頃、海外の投資家はこぞって日本企業の株を買った。
そして、国が株を書い続けた。株は値上がりし、少し前に3万円台をつけた。
もう十分だろうとふんだ投資家たちは、売り抜けていく。すると株価が下がる。
仕方がないから国が株を買う。そしてまた売り抜けていく。株価が下がる。
また国が買う。

こうして、株価がさがらないように国は株を買い続ける運命になった。
企業価値が下がれば、円安が進んだいま、日本企業が外資に買われていくだろう。
日本企業は海外の資本の餌食になっている。それは企業だけでなく、土地や水などもだ。


体制維持のためにやったことは、海外資本の利得になった。
年金資金は、株価維持にために消えていく。もし株価が大きく下がれば、
資産はたちまちなくなってしまうだろう。そして、日銀が買った株は紙くずになるかもしれない。

今の体制側の人間たちつまり、50代から60代の延命工作は、若者たちの未来を奪う。
若者たちに、負の遺産を残すのだ。膨大な国債残高と、外資に食い荒らされた経済体制。
だだ下がりするGDPと、大きな人口減少。

日本はすでに斜陽の国である。まずはこれを直視することから始めないいけない。
安倍政権というアホたちが、崩壊を大きくしてしまった。アホノミクスは目先の利益を
作り出したが、長い目でみれば、巨大な負債になる。

日本を亡国した最後の政治家たちが安倍政権の自民党政治と、歴史は語るだろう。
(そんなヤツでも、体制側の人間にとっては延命してありがとうという事なのだろう、
 国葬をやれとうるさいのだ。)


株価が下がったり、土地が下がっりするといよいよ困る。
そこで国は、国民に本当に背負わせる事を考えた。それは個人向け国債であり、
NISAやiDecoである。

多くの国民がこの仕組に乗っかれば、状態は続くだろう。
だが、この仕組が疑われれば、それなりの人が巻き込まれて資産を失うだろう。
これらの仕組みは、日本という経済体制がまだ続くという安全神話にすぎないと見る。

現段階ですでに崩壊している経済体制。その瓦解が目に見えるまで、
さすがに50年もかからないと見ている。早ければ、10年、遅くても、25年で
崩壊すると思う。

問題は、システムが巨大すぎるがゆえに、誰にも手がつけられないという事である。
もし、日銀が円安にしびれを切らしたとしても、金利を上げるわけにはいかない。
それは体制側の維持が不可能になるからだ。

とにかく、この現状で良いニュースは、崩壊することにつきる。
それが良いことか?と思う人もいるかもしれないが、現状維持しかやろうとしない権限を
もつものたちが、大きなダメージを受けない限り、体制が変わることはあり得ないからだ。

そして、体制とは常に瓦解するものなのだ。

崩壊後にどう生き延びるか。10年後もしくは25年後をどう乗り越えるか。
それが若者たちが考えるべき事である。

今、体制側に組み込まれるのは、得だろう。
だが、体制はもう持たないと理解しておく必要があるのだ。

悲惨な生活という事もどこかで受容する覚悟が必要かもしれない。


では、いまから何をするのか。何をしておけばいいのか。それはまた今度という事で。
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