崩壊は始まった。 [思考・志向・試行]

このブログもはや、10年以上になる。

最初こそ、身近なことや専門に関連する話が多かったが、
いまや、政治批判ばかりだ。

私だって、身近なことをのほほんと書いていられるなら、その方が良い。
だが、そんな悠長なことを言っていられない状態に日々、日本が作り変えられているのだ。

とりわけ安倍政権からはそれが顕著になった。
個人的には彼のやったことは許されざることばかりだ。
というより、アホな人間を担ぎ出して、日本社会を蹂躙した資本家たちに憎悪がある。
はっきりいって安倍晋三などどうでも良い。

現在もなお、その勢力は政治を動かし続けている。
これは陰謀論ではない。その1団体はアメリカの軍部であろう。
日米合同委員会と呼ばれる組織によって、日本の方針が左右される。
明確に日本を操ろうという人間たちがいる。表に名前が出ているのは、
およそ利用されている人々なのだろう。

これは主権を持つ独立国ならば、最大の屈辱だろうが、それを知らない日本人が殆どだろうし、
「まあ、負けたんだし仕方がないよ」という程度じゃなかろうか。


今後の日本で物事がよくなるか。否。
少なくとも、少子高齢化は加速していく。
それに伴って、経済は縮小していく。
それを補うために国借金は拡大していく。
その崩壊を防ごうと増税を続けていく。
その金で大企業を守るため、仕事づくりとしての軍備開発や国土改悪やDX化が進行し、
日本の社会はますます格差が拡大していく。
苦しい人々は自暴自棄になり、取締るために監視が強化されていく。
それがまた仕事化し利権化する。

目先の経済的崩壊を防ごうと、国はいよいよ外国に国債を売る。
目先の利益を求める地方は、外国人に環境を売る。
結果、日本人は西洋社会の奴隷となって労働を搾取されていく。
生活は苦しくなり、ますます少子化に拍車がかかる。

ニホン、オワタ。

はっきりいって、こうならないという道筋が見えない。
むろん、このサイクルは、今後30年から50年程度の事であって、
今日明日の事をいっているわけではない。

だが、この30年、日本だけが経済的停滞をし続けた事は、
方向性がまるで変わっていないことを示しているわけで、
その慣性力や凄まじいものがある。

日本では「変わらないためなら、人殺しでもする。」という社会である。
この人殺しとは、物理的には官僚殺しだったりする。
(嘘だと思うなら、安倍、不審死とでもググれば良い。)

どちらかといえば政権を維持するために、まじで戦争を始めるという
方が、まともな未来推測かもしれない。わざわざ火のないところに煙と作っているだから。

台湾有事とか北朝鮮とか、お花畑の単純細胞の保守たちは簡単に乗せられてしまう。
日本を守るために軍備拡張だ! 愚かである。
日本を破壊しようという人間こそが、戦争を始めるのだから。
でも、一定数の人間はこれこそを望むのである。
何しろ儲かるのだ。

自分の欲望を満足させるためなら、他者を犠牲にして良い。
なぜなら自分は勝者なのだから。そういうお馬鹿さんが多すぎる。

いざ、日本の崩壊が始まれば、市中にいた社会を支えていた人たちが居なくなり、
社会が傾いていくだけなのだが、勝者と思っている人間には全く見えていない。


この現状が悲惨なのは、権力を持つ事に拘泥する精神的にイカれてしまってる人たちは、
社会を考えられるほどおつむが良くないという事であり、まともな良心的な人達は残念ながら、
何も考えてない人たちに支持されないという事である。

社会的成功という、どうでもよい事を誇る人々が、もてはやされるのは人類の常である。

どうにもはっきりしているのは、問題を解決する人間は、必要とされておらず、
問題を先送りし、隠蔽し、むしろ問題から利益を得ることを画策する人間が
必要とされているという事だ。

上記は、穿った見方だろうか?
そうだったら良いのにと、何度思ったことだろう。
残念ながら、否定する材料がない。

世界の潮流としては、世界は良くなっているという。
だが、日本は良くなっていない。世界が良くなっているという話は現状の問題棚上げの
隠蔽工作に過ぎない。日本が、今のまさに我々の生活が良くなっていないという事実こそ
眼を向けるべきことなのだから。

では、一庶民としてどうしたらいいのか。

私は抵抗こそが正道と思うが、多くの人は違う。
むしろ、どれほど権力に取り入るかが、大事だと思うのだろう。

抵抗して、何が得られるというのか。
そんなことをするより、うまく取り入ったほうが益がある。
それが処世術だ。

これを吹き込まれると、正式な日本人になれるらしい。
そして、人としてのまともな感性を発揮すると、異常者扱いをされてしまう。

経済を回すことを正義と考える事。
これもまた、日本人に必要なテーゼらしい。

そして、政治に無関心でいることと、カルト政治家たちのいう事に従うことを是とすると
つつがなく生きていける。

書いていてうんざりだ。日本人の大半は死んでいるようなものだなと。


労働者という名の奴隷を再生産する行為に励む。
目の前にある仕事に打ち込むほど、このくだらない日本社会を維持する事に貢献してしまう。
仕事に疑問をもって、変えようなどと思っても、実際には何もできないのだ。
この諦観が日本人の多くを蝕む。

その鬱憤を、大谷のホームランに託す。
ビールを飲みながら、居酒屋でくだをまく。
このGWも、ここぞとばかりに消費活動に励む。
企業側もなるべく無駄遣いをさせようと頑張っている。

大きな方向性はこれ以上でも以下でもない。
そして、こんなことをいくら指摘しても、人々には響かない。
そりゃそうだ、骨の髄まで、内面化している事に疑問を持てるのは相当な人だけだから、

難しい顔して、現状の問題を指摘する時間があったら、
自分の快楽を求めて、行動したほうが良い。
自分の周りがうまくいけばそれだけで良い。

そう思うのは当然かも知れない。

国が要求する事に疑問や不満はあろうとも、それに我慢しさえすれば、
生活は成り立つ。ならば、巻かれて何が悪い? 


家畜化した人々に待つのはなんだろうか。いずれは肉にされてしまうが、
それまでは安全に育ててくれる。ときに成長ホルモンなどで太らされたり、
遺伝子改変されて肉を増やされたりするが、それでも、一定の年齢までは
生かしてもらえる。だったら、なんの不満があるというのか。

一見すると、なにも不自由などなく生きているかのようみえる。
だが、そこには何にも自由など無い。うまれた瞬間から、労働者としての人生が待ち受けている。

その人生に無理やり意味を見出そうとする。
もちろん、失敗する。これをまともに食らうと、死んでしまおうということになる。
一方で、押し付けられた人生に取り込まれて、世間の価値観を内面化できれば、
あとはそれに向かって邁進するだけだ。人生の意味は、世間の思うがままだ。

本当の人生を求めるために、命がけなことをやる人達がいる。
彼らは意識的か無意識的か、フィクションとしての人生を知っているわけだ。

どれほど思案しても、どうどう巡りになる。
それは結局、前提がおかしいからなのだ。

私達こそが、今の世界を作っている。
それはほど悪く続いていく。そのほど悪さに慣れきってしまえば、人の尊厳を忘れる。
人としての尊厳を失ったところから、日本人はスタートする他無いのかもしれない。

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